金曜日の19時、JR中央線「吉祥寺駅」から徒歩4分。以前からInstagramで見ていた“鰯の海苔巻き”をどうしても食べたくて、ようやく予約を入れて訪れた。これまで何度か店前を通り、満席の店内を外から覗くだけで終わっていた。今回は友人との飲み会という口実を作り、席を確保したうえでの入店だ。
扉を開けた瞬間、鼻を刺す強い匂いはない。代わりに、年季の入った木のカウンターと落ち着いた照明が視界に広がる。コの字型のカウンターは昭和の居酒屋を思わせる形。調理場は奥まっていて音はほとんど聞こえない。肩がぶつかるほどの密集はなく、隣との距離もわずかに余白がある。30〜40代中心の客層で、金曜の夜らしい空気が静かに満ちていた。

ただ、満席続きだった店にようやく入れたという期待が先行していたせいか、自分の中でハードルが少し上がっているのも感じていた。吉祥寺で一人飲みができる酒場として名前を挙げる人も多いこの店。今日は三時間半、22時半まで腰を据えて確かめるつもりだった。
“しらす玉子とじ”で身体の温度が決まった瞬間
最初に届いたのは「しらす玉子とじ」(580円)。皿が木のカウンターに触れたとき、軽く乾いた音が鳴る。箸を入れると湯気が頬に触れた。一般的な層になった卵焼きを想像していたが、名前の通り玉子“とじ”の形状。表面はまだ柔らかく、箸先がすっと沈む。

一口目、舌の先に熱が乗る。出汁の塩気が喉に滑り、直後にしらすの塩味が追いかけてくる。時折混ざるミツバが、歯の間でシャキッと音を立てた。唇の内側にうっすら卵の水分が残る。最初のビールで流すと、喉の奥に温度が留まり、身体が“飲むモード”に切り替わるのが分かる。
まだ主役は出ていない。それでも、この一皿でこの店の出汁の輪郭が舌に刻まれた。金曜19時、席に座って三分ほどで、今日の体温はここで決まった。
“ポテサラ”で生まれた何か足りない感覚
続いてポテサラ(480円)。白い器に盛られたそれは、業務用の均一な質感ではなく、角の残るじゃがいもが目に入る。しらす玉子とじの出汁の記憶がまだ舌に残る状態で口に運ぶ。

マヨネーズの重さは控えめ。じゃがいもの甘みが舌の中央に広がる。燻製玉子の断面が現れ、噛むと燻煙の香りが鼻へ抜ける。ベーコンの脂が唇の端に薄く残った。温度は常温寄りで、さきほどの熱とは対照的だ。
ただ、二皿続けて塩と脂を受け止めた舌が、どこか“次”を待っている感覚を持ち始める。悪くない。むしろ丁寧だ。それでも、身体の奥がもう一段強い刺激を探している。量でも温度でもなく、何か軸になるものがまだ足りない。その不足感が、次の一皿への助走になっていた。
“鰯の海苔巻き”が置かれた瞬間、空気が変わった
皿が置かれた瞬間、木のカウンターにやや低い音が響く。「鰯の海苔巻き」(980円)。想像より小ぶり。しかし断面が視界の中心を奪う。鰯の赤、きゅうりの緑、生姜の白。海苔の黒が輪郭を締める。湯気は立たないが、脂の光がわずかに反射する。

周囲の会話が一瞬遠のく。ポテサラで感じていた不足感が、目の前の断面によって具体的な形を持った。これを待っていたのだと身体が理解する。箸を伸ばす手の動きが自然と慎重になる。まだ味は確定しない。ただ、視界の重心がこの一皿に固定された。
鰯の海苔巻きを一口で理解した、この店の中心
海苔が唇に触れ、次に鰯の脂が舌へ広がる。温度は常温だが、脂がとろりと溶ける。塩は強すぎず、鰯の旨みが喉の奥へ落ちる直前、きゅうりが歯の間で弾ける。生姜は主張しないが、噛み終わったあとに鼻の奥をかすめる。

箸が止まらない。ビールで流すと、脂の余韻が軽くなり、次の一切れを欲する。ここでようやく、この店の軸が見えた。最初のしらす玉子とじは出汁の紹介状、ポテサラは口内の準備運動。この鰯の海苔巻きが中心だった。吉祥寺で一人酒をするなら、この一皿を軸に組み立てる店だと身体が判断する。
“魚の梅里和え”は流れを整えたのか、崩したのか
最後に魚の梅里和え(780円)。名前から梅の酸味を想像していたが、実際は刺身の漬けに近い濃い味。主軸の脂を受けた舌に、濃い醤油系の味が重なる。温度は冷たく、主軸との温度差ははっきりしている。

良い点は、酒が進むこと。実際、ここでビールが空いた。弱点は、鰯の海苔巻きの余韻をやや上書きしてしまうところ。口をリセットする役割というより、流れをもう一度濃くする方向に働いた。主軸との関係で言えば、整えるというより横に広げた印象だ。
“鰯の海苔巻き”を基準に考える再訪判断
19時入店、22時半退店。滞在三時間半で支払いは約8000円、現金のみ。席数約24席の空間で過ごした時間の中心は、やはり鰯の海苔巻きだった。小ぶりではあるが、脂と海苔の組み合わせは記憶に残る。

接客で引っかかる瞬間があった。注文に返事がなく、店員同士が大声で怒鳴る場面では空気が凍った。それでも料理の軸は明確。次回行くなら、最初に鰯の海苔巻きを頼み、日本酒を合わせる。吉祥寺で一人飲みをする夜、この酒場を再び選ぶかは、その店員がいない時間を狙えるかどうか次第だ。
【向いている人】
・鰯の海苔巻きを一度体験してみたい人
・昭和の空気が残るカウンターで一人酒を楽しみたい人
・接客の波より料理の質を優先できる人
【向いていない人】
・常に安定した丁寧な接客を求める人
・キャッシュレス決済を前提にしている人
・静寂よりも活気ある接客を好む人
中野で出会えるおすすめグルメ“魚料理”をまとめました。
火弖ル 吉祥寺本店(ほてる)
【住所】〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目30−14
場所:JR中央線「吉祥寺駅」から徒歩4分。 飲み屋街の一角に店を構える。 Googleマップで場所を見る
このブログについて
このブログでは、チェーン店では味わえない、その街ならではの魅力が詰まったグルメ情報を中心に発信しています。首都圏を中心に、個人経営の飲食店や地域に根付いた名店など、Web上では見つけにくい飲食店を実際に訪問し、実食をもとに率直な感想をまとめています。
紹介している店舗はすべて筆者自身が足を運び、料理の味わいだけでなく、店の雰囲気や立地、訪問時の印象まで含めて記録しています。実体験に基づいた情報を大切にしているため、初めて訪れる方でも参考にしやすい内容を心がけています。
いつもの外食から一歩踏み出し、新しい味や店との出会いを楽しみたい方に向けて、非チェーンの飲食店を中心に紹介しています。本ブログが、日々の食事選びや外出のきっかけづくりに少しでも役立てば幸いです。
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