阿佐ヶ谷で開催される「飲み屋さん祭り」。以前から名前だけは耳にしていたが、なかなか日程が合わず参加できていなかった。そんなある日、Instagramで西荻窪のイベント「のらりくらり」の動画を見かけたことをきっかけに、そういえば阿佐ヶ谷もそろそろではないかと思い出す。調べてみるとちょうど開催中。会社の同僚を誘い、2026年5月12日の火曜日、18時過ぎの阿佐ヶ谷駅に降り立った。

駅前は思ったより静かだった。祭り特有の賑やかさはまだ見えない。しかし飲み屋MAPを片手に歩く人を見かけるたびに、自分も少しずつ祭りの空気へ引き込まれていく。暖簾の色も違えば、漏れてくる灯りも違う。カウンター越しに会話が弾む店もあれば、外からでは何をしているのか分からない店もある。同じ阿佐ヶ谷の夜でも、一歩路地を曲がるだけで空気が変わっていった。
この記事はどの店が良かったかを決めるものではない。阿佐ヶ谷飲み屋さん祭りの一夜を、そのまま記録したものだ。10枚綴りのちょいのみ券を握りしめ、おつまみ券の謎を追いながら歩いた夜。その流れごと残してみたいと思う。
日日夜夜|最初の一歩は少し戸惑いながら

店に入る前の空気
最初に向かったのはスターロードエリアの日日夜夜。細い路地を歩きながら店を探していると、狭い間口の奥へと続く店内が見えた。鰻の寝床のような造りで、壁沿いのカウンターが奥へ伸びている。

店内では常連と思われる客が若い店員さんと楽しそうに会話をしていた。初めて訪れた店なのに、すでに人間関係が出来上がっている。その空気を横目に見ながら席へ着く。
最初の一杯と最初の一皿
注文したのは緑茶ハイとおまかせ前菜3点盛り。ほどなくして運ばれてきた皿には鶏ハムや紫キャベツのマリネが並んでいた。どれも派手さはないが、最初の一軒目にはちょうどいい量だった。

冷菜なので香りは控えめだったが、グラスの表面には細かな水滴が付き始めている。
鶏ハムをひと口。しっとりとした食感と程よい塩気が口の中に広がる。飲み歩きのスタートとしては穏やかな入り方だった。
店を出た後の感覚
ただ一つ誤算があった。ビールが飲みたかったのだが、祭り用メニューには入っていなかったことだ。最初の一軒目だからこそ炭酸が欲しかった。店を出る頃には「次こそビール」という気持ちが強くなっていた。
阿佐ヶ谷SOBA|一期一会のおつまみ

店に入る前の空気
せっかくの飲み屋さん祭りだ。普段なら少し勇気が必要な店へ入ってみようと思った。阿佐ヶ谷SOBAもその一軒だった。

店内はいい意味で年季が入っている。カウンター席が並び、落ち着いた空気が流れていた。祭り向けの特別メニューには鶏の部位を使った料理が並んでいる。
最初の一杯と最初の一皿
芋焼酎の水割りと砂肝の煮を注文。串に刺さった砂肝は、おでんのような見た目をしていた。

湯気の向こうから出汁の香りがほんのりと漂う。
ひと口食べると独特の食感が残った。煮込まれているのに砂肝らしさは消えていない。これまで食べたことのない感覚だった。
店を出た後の感覚
またしてもビールは飲めなかった。芋焼酎を飲みながらも、頭の片隅では生ビールを探している。二軒目を出た頃には、その欲求が少しずつ大きくなっていた。
スターロードのカウンター店|祭りだからこその出会い
店に入る前の空気
三軒目は店名を伏せておきたい店だ。外から見ると少し入りづらいイタリアンのような雰囲気だった。

店内はカウンターのみ。マスターは元気よく接客していて、祭りの参加者にも積極的に声をかけていた。
最初の一杯と最初の一皿
ハウスワインの赤とトリッパを注文。鉄板に乗ったトリッパは熱をまといながら運ばれてくる。

香りはトマトが中心。ワインを口に運ぶ前から、その存在感は十分だった。
ハチノスを噛むとコリコリとした食感が続く。煮込みというよりは歯応えを楽しむ印象だった。
店を出た後の感覚
ところが途中で空気が変わった。注文の行き違いだったのか、マスターが突然怒り出したのである。調理器具が飛ぶ音が響き、さっきまでの賑やかさが消えていった。心地よい出会いもあれば、そうでない出会いもある。祭りの夜らしい出来事として記憶に残った。
まんじぇ|ようやく辿り着いた生ビール

店に入る前の空気
ここまで来てもおつまみ券の正解店は見つからない。パンフレットとヒントを何度も見返しながら、かわばた通りを歩く。

半ば勘に近い状態で入ったのがまんじぇだった。店内には明るい空気が流れ、マスターも楽しそうに祭り参加者へ声を掛けている。
最初の一杯と最初の一皿
そしてようやく生ビールに辿り着いた。グラスの中にはきめ細かな泡がきれいに立っている。
一緒に頼んだマルゲリータからはバジルの香りが立ち上がる。

最初のひと口のビールは、それまで我慢していた時間も込みで記憶に残った。炭酸が喉を通り過ぎる感覚に思わず笑ってしまう。
店を出た後の感覚
マスターとの会話の中で、おつまみ券のヒントについて相談してみた。祭りを楽しんでほしいという気持ちが伝わってくる接客だった。正解に辿り着けるかもしれない。そんな期待を持ちながら次の店へ向かった。
なんちち|探していた答えの先にあったもの

店に入る前の空気
かわばた通りの一角にあるなんちち。普段なら通り過ぎていたかもしれない外観だった。

店内は七席ほどのカウンター。女将が一人で切り盛りしている。祭りだからこそ入れた店かもしれないと思った。
最初の一杯と最初の一皿
オリオンビールとソーメンチャンプルー、そしておつまみ券で沖縄そばを注文した。
運ばれてきた沖縄そばからは鰹の香りが立ち上る。派手さはないが、湯気が妙に心地よかった。

スープを口に運ぶと身体の奥へ染み込んでいくようだった。オリオンビールはよく冷えていて、ここまで歩いてきた疲れを洗い流してくれる。
店を出た後の感覚
おつまみ券の正解に辿り着いた達成感があった。沖縄そばまで食べたのだから十分なはずだったが、相方はまだラーメンを食べる気でいる。気付けば飲み歩きから食べ歩きへ変わりつつあった。
あさが家|夜の終わりに残った湯気

〆に向かう街の空気
時間も遅くなり、人通りは少しずつ減っていた。それでも阿佐ヶ谷の夜はまだ完全には終わらない。
真っ赤なサンシェードに白文字で書かれた店名が見える。何度か来たことのある店だが、この日は特別な安心感があった。
丼から立ち上がる香り
注文したのは普通のラーメンと小ライス。丼の表面には油が浮かび、家系らしい厚みのあるスープが見える。
香りはしっかりと豚骨。飲み歩きの最後でも食欲を呼び戻してくる。

最初のひと口を飲むと、口いっぱいに旨みが広がった。テーブル調味料を少しずつ加えながら味の変化を楽しむ。飲んだ、食べた、歩いた。祭りに参加したはずなのに、いつの間にかフードファイトのような夜になっていた。空になった丼を見ながら、ようやく一日が終わった気がした。
同じ夜でも、店ごとに時間の流れ方が違った
常連同士の会話が自然に流れている店があった。
料理よりも酒が先に記憶へ残る店もあった。
一杯のビールを待ち続けた時間が長く感じる店もあれば、気付けば滞在時間が過ぎていた店もあった。
賑やかな空気の中で笑った店もあれば、少し居心地の悪さを抱えたまま出た店もあった。同じ阿佐ヶ谷の夜でも、店ごとに流れる時間は違っていた。
阿佐ヶ谷飲み屋さん祭りで、一人でも自然に飲み歩けるのだろうか?
今回の私は同僚と二人だったが、歩いている途中で一人参加らしき人も多く見かけた。パンフレットを片手に店を探し、暖簾をくぐり、次の店へ向かう。その姿は特別なものには見えなかった。

実際、今回訪れた店の多くはカウンター中心だった。店に入る瞬間だけ少し勇気がいる。しかし扉を開けてしまえば、その先は店ごとに違う時間が流れているだけだった。
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